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札幌高等裁判所 昭和25年(う)559号 判決 1950年12月19日

控訴人 被告人 中沢保正

弁護人 二宮喜治

検察官 白石八郎 関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中五十日を本刑に算入する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人の控訴趣意は別紙のとおりである。

原審が原判示第一の事実を認定するに当り検察官作成の被告人の供述調書中の被告人の供述記載を証拠として引用したことは所論のとおりである。しかして右供述調書は被告人の不利益な事実の承認を内容とするものであることは該調書自体に徴し明白であるから任意性があれば訴訟関係人が証拠とすることに同意したと否とを問わず之を証拠として採用し得ることは刑事訴訟法第二百二十二条に明定するところであるから先ず右調書の任意性を検討して見ると同調書の胃頭に「右の者に対する詐欺及窃盜被疑事件につき昭和二十五年七月八日旭川地方検察庁において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左の通り供述した」旨の記載があり其の末尾に被告人の署名拇印と共に「右の通り録取し読み聞けたところ誤りない旨申立て署名拇印した」旨の記載があり、且その供述内容は理路整然としている点を原審証人大原菊太郎の供述記載等と比照考量すれば右調書の任意性は十分に認定できるものであつて記録を精査するも右認定を左右するに足る証拠がない。もつとも原審各公判調書中には右供述調書につき其の任意性を調査した旨の記載はないが其の記載のない事実を以て原審が任意性の調査をしなかつたとは認められないのみならず、原審第一、二回公判調書の各記載によれば原審は其の第一回公判期日において検察官の右供述調書の証拠請求に対し弁護人の証拠調に異議がないが其の内容の真実性を争う旨の意見を聞いた上一時其の証拠調を留保し、第二回公判期日に至り留保中の右調書を証拠として採用其の取調をなしたことが明白であつて右の経過に徴すれば原審は上叙説示の如き見地より該調書に任意性ありと認めて之を証拠として採用したことが窺われるから、原審が之を判決に証拠として引用するに何等の支障があるものではない。従つて原審の訴訟手続には何等の違反もなく論旨は理由がない。

第二点

本件記録及び原審の取調べた証拠に現われた被告人が過去四十数年間に詐欺、窃盜等の前科十数犯を重ねた事実其の他諸般の事情を綜合すれば弁護人の所論を考量に容れても原審が被告人に対し懲役二年の刑を科したのは量刑相当であつて、論旨は理由がない。よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却し刑法等二十一条により当審における未決勾留日数中五十日を本刑に算入し刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り当審における訴訟費用は全部被告人の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 猪股薫 判事 鈴木進)

弁護人二宮喜治の控訴趣意

第一点原審には判決に及ぼすべき法令の違反がある。即ち、本件原審に於ける第一回公判調書に依ると被告人は起訴状第一の事実である詐欺の点に付いては、詐欺の意思はなかつた、二、三回に分けて払う積りで其の様に話がきまつていた旨を陳述している、(記録第十六丁)のであつて、検察官提出の被告人に対する司法警察員及び検察官作成の各供述調書は其の採否を留保していたのである。然るに第二回公判に於て裁判官は突然之を採用して取調べる旨決定を宣し検察官は之等を朗読して提出している(記録第二十八丁)のであつて、而して此の供述調書の内容は、前示被告人の陳述と全く相反するものであつて本件被告人の如く年令六十八才にして神経痛に依り身体虚弱であり、而も、身体の拘束を受け、警察又は検察庁に於る陳述であるのに、右の様に年令身体状況し下の陳述と、本件公判に於る右陳述と全く相反する場合には此れ等被告人に不利益な自白を内容とする供述調書は刑訴三二二条但書及び第三一九条の任意にされたものでない疑のある自白であると言うべきものである。従つて此れ等供述の任意性に付いて、何等の顧慮も与えることなく此れ等の任意性の疑を其の侭に放置して証拠に採用した原審には訴訟手続の違反ありと云うべく斯かる違法の手続に依り此れを証拠に断罪の資料とした原判決は破毀を免れないと信ずる。

第二点原判決の量刑は不当に重いものである。

(1) 本件犯罪の動機に付いて考へると、被告人は年令既に六十八才の老体であり、前刑を終了し出所して間もなくであり、数年来の神経痛に依り生活力、稼働力はなく、又、親、兄弟、妻子等の身寄者は一人もなく遂に生活に窮して本件犯行に至つたものであることが原記録上認められる処であつて、我国の老貧者に対する救済施設の貧弱無力の点も当然考慮さるべきであつて犯行の動機は憫諒すべきものがある。

(2) 被告人は昭和二十五年七月二日逮捕されて以来未決勾留されて既に三ケ月余を経過してゐるのであつて此の点も亦量刑上考慮すべきものと思料する。

(3) 本件被害の見積価格合計は一万二千円程度であり現在の貨幣価値から見る時多額と言うべきでなく、又、被害物件は全部還附されてゐて実害は全く無いものである。

よつて原判決破毀の上相当の御減刑を賜りたいのである。

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